井上明人『ゲーミフィケーション―<ゲーム>がビジネスを変える』

別のチームの同僚がいろいろとソーシャルゲームを試して「我々ももっと顧客に近づいて考えないといけない」と主張しているのと、Togetter にまとめられていた モバイルSNSゲームが儲かる本当の理由。かーずSPはなぜ15万もつぎ込んだのか? (かーずSPというインターネットの有名人がゲームにはまっていく間の Twitter の書き込みを、後から別の人が「今この人はこういうふうに考えているけど実際は」みたいなかたちで解説している) が面白かったのに刺激され、井上明人『ゲーミフィケーション―<ゲーム>がビジネスを変える』を読んだ。

ゲーミフィケーションはゲームで進化・洗練された動機づけの方法を、他分野にも応用し「ゲーム化」するという手法ないし考え方だ。Gartner の Hype Cycle for Emerging Technologies, 2011 では Technology Trigger 部分に配置され5年から10年でメインストリームでも導入されるだろうとしている。去年の Hype Cycle for Emerging Technologies, 2010 には登場しなかった (たとえば 3D Printing, Speech-to-Speech Translation は登場する) ので、注目をあびるようになったのはごく最近なんだろう。

ただ、ゲームの学問的な研究自体は、それよりも前からはじまっている。 この著者である井上明人氏も、2006年頃に RGN (Research on Game design and Narrative) という研究会を主催している。 RGN といってもほとんどの人は知らないだろう。私は 第二回「ゲームの定義の再検証」 だけ聞きにいったことがある。 ミニマムノミックと Jesper Juul のゲームの定義の話を聞いて、あとなぜか、そこであった人の会社で後日アルバイトをはじめたりもした。

本書の概要

本書はゲーミフィケーションの入門書だ。構成は大きく二部にわかれている。 前半では既存の様々な事例を紹介し、なぜいまゲーミフィケーションが注目されているかについての背景を解説する。 後半では実際にゲーミフィケーションを導入する際の手法や問題、および批判的意見の検討が行われる。 巻末にはブックガイドもついていて親切な作りだと思う。

わかること

事例についてはわかりやすい。 Howard Dean の選挙選にはブラウザゲームがあったがこれは何かを「知る」ためのゲームで「マンガでわかる〜」のようなものだった。それに対して Barak Obama の選挙戦では個人献金や近隣の訪問が適切な難易度と評価システムでもってゲームであるかのように演出されたということ。 SCVNGR は Foursquare のクローンではなく、店舗側がミッションを設定し、それをクリアした顧客に割引をあたえたりといった、より高いゲーム性が与えられていること。 Rypple というシステムは人事評価の仕組みをゲーム化しようとしていて、Facebook も社内で使っているということ。

また、ゲームデザインについても触れられている。ほどよい難易度を実現するための仕組み、明確で短時間なフィードバック、ランキングの適切な母集団などは、デザインでは初歩の部分なんだろうけど、使いやすくまとまっていると思う。

わからないこと

一方で、国内の事例についてはやや扱いが小さい。 例えば SCVNGR や Foursqure に対して、日本にもコロプラなどの「位置ゲー」と呼ばれるジャンルのゲーム群がある。これについてはもう少し触れてほしかった。

著者がコロプラを「広義のゲーミフィケーション」として位置づけているのは扱いが小さい理由になりえるだろう。ただ、ゲーミフィケーションかどうかのくくりはあまり明確にはしづらい (ゲーミフィケーションか否か、ではなく、グラデーションになっている) ものだと思う。 あるいは「狭義のゲーミフィケーション」として位置づけているはてなアイデアはどうだろうか。 実際に運営されている様をみると、あまり成功した仕組みとはいえないと思うけど、これを「ここが良くてここが悪かった」と説明できないだろうか。

関連する本、Web ページ

物語

本書の冒頭では、人を動かすための力として「物語」についてふれられる。 これについては、ボスニア・ヘルツェゴビナが民間の PR 会社と組み、紛争時の国際世論を有利な側に傾けようとする様を描いた、高木徹『ドキュメント 戦争広告代理店』を思い出した。

ゲーム

ソーシャルゲームやゲーミフィケーションの文脈からすると「古い」ものとされがちな、ゲーム専用機のゲームについても、新しい試みや潮流もある。 メタルギアソリッド4や HALO 4 に関わった経験を持つ Ryan Payton の CEDEC 2011 での講演「僕の海外ゲーム開発ストーリー++ ~日米両方でAAAゲーム開発をして分かったこと~」は面白かった。

統一型のポイントシステムがあって喜ぶ人なんて誰もいないと思っていたんです。実際に導入した時も「こんなのいらないよ。これ何なの?」っていう意見が大半でした。つまり、実際に触れてみるまでそれが欲しかったことに気が付かないんですね。だけど、今ではこの「実績システム」が無ければゲームもできないというようなところまで来ている。
能力テストのようなゲームや、スキルレベルが大事という考え方は間違っていると思います。実際、「コール オブ デューティ」が「HALO」を上回ったのはここのところなんです。

教育

ゲーミフィケーションの手法のなかには教育を想起させるものがいくつかある。 おそらく、子供がお金で動機づけできない (あるいは、倫理的にやりたくない) せいで、それ以外の方法が発達したのだと思う。 Khan Academy の Salman Kahn の講演 (日本語字幕有) である ビデオによる教育の再発明 を見ると、いろいろと対話的な仕組みも取り入れられていて、動画も顧客にとって適切な難易度を低コストで実現するための手段だということがわかる。